ケンブリッジ大合格!母娘対談 – #1 「英語ができる国」では終わらない
シンガポールへ移住して14年。そして「Grow Up Global」を立ち上げ、教育関連のサポートに携わるようになってから8年になります。
この間、数えきれないほどのご家庭から、同じ質問を受けてきました。
「シンガポールの教育って、やっぱり日本より優れているんですか?」
正直に言うと、この質問に一言で答えることはできません。シンガポールは国際的な学力調査でも常に上位に位置し、教育移住先として世界中から注目される国です。でも14年間この国で子どもを育て、多くの家庭の相談に乗ってきて感じるのは、「優れている/劣っている」という比較の軸そのものが、本質を見誤らせるということです。
大切なのは、その国がどんな力を子どもたちに育てようとしているのか。そして、日本には日本にしかない素晴らしいものがあるということ。
今回は、幼少期からシンガポールで育ち、この秋ケンブリッジ大学へ進学する娘のKOKOと、改めて「シンガポール教育と日本教育」について話をしました。
皆さんが気になる「世界で活躍する子どもは、どう育つのか?」このテーマを背景に、全4回のシリーズで、その内容をお届けします。
母と娘という関係だからこそ出てくる、少し本音の入った会話です。
#1:「英語ができる国」では終わらない
#2:なぜシンガポールが選ばれるのか
#3:正解を探す教育と、答えを作る教育
#最終話:日本を捨てずに、世界とつながる
最初に浮かぶ誤解
「シンガポールっていうと、やっぱり最初に『英語ができるようになる国』って思われることが多いよね。」
私がそう切り出すと、KOKOはすぐに言葉を返しました。
「うん、そうだね。でも私は、英語が話せることだけが大事なんじゃないと思う。」
この一言に、シンガポール教育を語るうえで最初に外してはいけないポイントが詰まっています。多くの人が「シンガポール=英語が上手くなる場所」というイメージだけでこの国を理解しようとします。しかし、それは表面の一部にすぎません。
「そこなんだよね。もちろん英語は大事。
でも、本当に価値があるのは、英語を使って世界中の人と関われる環境があることだと思う。」
「そうそう。シンガポールって、学校に行ったら本当にいろんな国や文化背景を持つ人がいて。シンガポール人と言っても、中国系、インド系、マレー系、それ以外の国から来た人もいる。小さい頃から、それが普通だったんだよね。」
KOKOは小学校1年生から中学4年生(日本のシステムで言うと高校1年生)の途中まで、シンガポールの現地ローカル校で過ごしました。つまり、彼女が語っているのは「留学生として見た多様性」ではなく、「日常として育った多様性」です。この違いは、想像以上に大きいと私は思っています。
「日本だと『外国の人と話す』って、少し特別な経験になることもあるけど、シンガポールでは日常なんよね。」
「うん。だから、外国人だからどうこうっていう感覚があまりない。違う文化の人がいるのが当たり前、という感じ。」
日本で「グローバル教育」というと、たいてい「特別なプログラム」や「留学」という形で用意されます。
でもシンガポールでは、それが特別な取り組みではなく、通学するだけで自然と身についてしまう環境として存在している。ここに、制度としての違いだけでは説明できない、環境そのものの違いがあります。
「なまっている」という指摘の裏側
シンガポールの教育について話をすると、必ずと言っていいほど出てくる質問があります。
「シンガポール英語って、なまっているんですよね?」
この質問には、少し意地の悪い前提が隠れています。
「なまっている英語は、正しい英語より劣っている」という前提です。
私はこの質問をKOKOにそのままぶつけてみました。
「シンガポール英語って、なまってるって言われることあるけど、それについてはどう思う?」
「うんと。まあそうだね、英語は訛ってる、先生たちも生徒たちも(シンガポール現地校の話)。でも、読むとか書く力は全然訛ってないから、ちゃんとしたイギリス英語で書かされるし。多分そのちゃんとした英語は上達する。で、訛りに関しては、なんか訛りっていうものは全然悪いことだと思われない。日本人って結構頑張ろうとするよね、英語をアメリカ人っぽくとかイギリス人っぽく喋ろうとする。でも全然そんな必要ない。」
この答えには、実は二つの層があります。
一つは、書き言葉と話し言葉を分けて考える視点です。
シンガポールでは、正確な文法や読み書きの力はきっちり身につけさせる一方で、話すときの発音や口調(いわゆる「シングリッシュ」的な響き)に対しては、それを「間違い」として扱いません。
つまり「正確さ」と「訛り」は、そもそも別の評価軸として扱われているということです。
もう一つは、「ネイティブに近づくこと」がゴールではないという感覚です。
日本の英語教育では、どうしても「アメリカ人みたいに」「イギリス人みたいに」という理想像が意識されがちです。
しかしシンガポールでは、訛りがあることは恥ずかしいことでも、直すべき欠点でもない。
大事なのは、自分の考えを、自分の言葉で、正確に伝えられることだけです。
この視点の違いは、単なる語学教育の話ではありません。「自分らしい言葉で世界と関わっていい」という感覚そのものが、子どもの自己認識に静かに影響を与えているのではないか。
私はそう感じています。
では、なぜ多くの家庭が、イギリスやアメリカ、スイスの名門ボーディングスクールという選択肢がある中で、あえてシンガポールを教育移住先に選ぶのでしょうか。次回は、その理由と、「学力の高さ」だけでは説明できないシンガポール教育の本当の強みについて、KOKOと話した内容をお届けします。
(第2話につづく)